私のプロフィール


1946年生まれ出生地は香川県丸亀市

32年続けたお店の名前はクレープアン

モンゴメリーの小説「赤毛のアン」から付けました

想像力豊かなAnneが育ったプリンスエドワード島で繰り広げられるあの時代の手作りのお菓子に憧れて

一枚一枚作ったクレープに

自家製生クリーム、自家製プリン、自家製アイスを包んで



いつまでも思い出に残るようなクレープを目指したのです


きっかけは、フランスはロワールに住んでいたペンフレンド

マルチーヌに会いに行ったことがきっかけでした。

中大法科を卒業し、司法試験に挫折してから会いに行ったのです

マルチーヌに出会わなければ

今のお店はなかったでしょう!

真っ先に作ってくれたクレープの味が忘れられなくて


日本に帰って、1983年にお店を始めました。

彼女のこと、ロワールとパリのことはいつでも私に寄り添ってくれています。


2007年9月右脳内出血により

左半身麻痺の障害者になっても

人生はそっと寄り添ってくれたのです

32年の時の流れとフランスの思い出が

今でも 支えてくれるのです。

地上げ屋と2回の戦いに勝てたのも

その思いがあったからです。

2回目の訴訟の途中倒れても

自分で作った訴訟書類を乗せて車椅子で

法廷に立ったのです。

自分で弁護人になり、全面勝訴を勝ち取ったのです。

生きてゆくのが精一杯の売り上げの中で

夢をつなげてくれたのが

「おいし〜〜!幸せ〜〜!」と言ってくれるその笑顔なのです

半年のリハビリに耐え

車椅子から降りることができたのです

ただ加齢と障害の板挟みの中で

もがき苦しんでいるのが現状です

神経が少しづつ繋がり始めるに連れ

半端ない痛みが押し寄せてくるのです

今年古希を迎え

引退も考えなければいけない状況です

後継者のことも視野に入れながら

生きている毎日なのです

幸い2度の地上げ屋との裁判に勝って

営業権を守ってきています。

それを何よりわかってくれているのが

息子の塩野瑛久にほかなりません


俳優として活躍するには、まだまだですが

昨年私に言ってくれた言葉が、今の私の支えになっています。

「ここの暖簾は自分が守って行く」


営業権の相続を含め、力になってくれることを約束してくれたのです。

開店当初から求め続けた幸せの花に巡り会えたような気がしています。
アンから始まった魂の旅

想像の余地のある人生

運命の相手に出会うということ

運命を受け入れるということ

幸せの花を見つけるということ

旅の終着点に向けて!
鳥越さんへ

当選しようがしまいが

認知症だと言われようが言われまいが

たった1人でもあなたの勇気に救われる人がいれば
私にはわかります

何も恐れる必要がない心境に至ったと思います

あなたがやるべきこと

誰かに伝えたいことを

思いっきりやってください

人生は一度きり