下灘駅の人生

休みなので、今日のお昼はのんびりと

一人分の九条ネギウドンを作る

生姜を1キロ手に入れたので

タップリおろし生姜を乗せて

かき玉風の九条ネギウドンは最高!

焼きもちを乗せれば

九条ネギ力かき玉ウドンの完成でーす!

  
手足がホカホカ温まり

左半身麻痺の冷たくなった血流を活発にしてくれる

汗がタップリ出るので着替えは必須!笑

150万人いると言われる脳卒中患者におすすめですよー!笑

私のように車椅子から降りて

旅に出たいと思う人はたくさんいるに違いない

突き動かされる何かを見つけたくなる

NHKの72時間密着ドキュメント

今回は目の前に瀬戸内海が見える駅

そこにやって来る様々な人達の取材は

早朝から日が暮れるまで

その中で

筋ジストロフィーの病を押しながら下灘駅にやって来た

60過ぎの方のインタビューが今でも心に残っている

もともと撮鉄ファンで各地のローカル線の旅をし

多発性硬化症と診断されてから

硬直が出る前に

貯めた40万の現金を持って

車で旅を続ける

1日何本もない瀬戸内海に面して走る予讃線


旅好きの人たちの心境が語られ胸にしみる


中でも同じ年代の撮鉄ファンが車で寝泊まりしながら

海の見えるこの駅を

終活のケジメに下灘駅の夕日を撮りに駆けつける

その目は恋人に会ったように輝いている

人生の終盤で、筋ジストロフィーを宣告され


硬化が始まって、瞼が落ちる前に

自分の瞼に焼き付けようと駆けつける


その日は曇りで夕日は顔を出さず

また明日来ますよと言いながら去って行く

人はなんでそんなに急いで結果を求めるんだろう

この身体で駅のホームを歩いていると

駅のホームで行き交う人の波に圧倒される

こうやって下灘駅を訪れる人達は

都会の人混みを忘れ、少しでも自分を取り戻したいのだろう

そんな優しい人が1日数本しか停まらない駅に

全てを忘れ、落ちて行く夕日を眺めるひととき


終活で訪れた撮鉄ファン

翌日再びやって来て

見事!夕日に出会う


「今までの人生で一番の夕日です」

再び車に乗って終活に旅立つ

「おーい!俺も乗せてってくれよ〜」

そう心の中で叫ぶ


追加  

12/2の和太鼓無限公演のチケット取れたよ!

趣味が高じてどこまで進化したのか確かめたい !笑

あくまでゲスト出演なので、契約したわけでないから、事務所の告知がないのも納得
私の終活

すべて息子と共に

A列車で行こう

いつまで続く梅雨模様

スカッとしたいから、熊本から三角駅までA列車で行った時の

沿線の風景を紹介します。

あのビッグバンド「デュークエリントン楽団のテーマ曲

「A列車で行こう」のタイトルをそのままの列車名

  
車両の中央には、バーカウンターが

   
 ホステスならぬ、美人の車掌さんが接待してくれる

車両を回って、記念写真を撮ってくれる

大人のための大人の列車

鼻の下を伸ばした写真ができたので 

 先頭はこの列車が引っ張る

   

  

あのテーマ曲が流れて出発進行!

   
 
川上さんが優しく声をかけてくれる

「記念のお写真撮りましょうか」

  
本当は一緒に並んで撮りたかったスケベジジー!

沿線は海岸線を走る

遠く天草を望みながら

   

バーカウンターから眺めるスケールは最高

   
    
     
   
あっという間に終点三角駅到着

まるでおもちゃのような駅

 

 
レトロな待合室
  

「あなたお帰りなさい」

私の帰りを待っていてくれた

「お食事にします?それともお風呂にします?」 

   

「背中流してもらおうかな」

  
その気になっているスケベジジー!

  
発車のベルが鳴る!

「あなた!バーカウンターでお待ちしています」

 

妹と一緒に待っていてくれる

    
今日のお前は一段と綺麗だよ!

  
  あっという間に熊本に着く!
それは私の人生そのもの

そして誰もいなくなった 

 

自分の身体は自分で

この1ヶ月は辛かった!

左半身の痛みと戦う毎日

約8年頑張ってきた片麻痺との戦い

その成果が、去年の旅行

北は凍りついた歩道を歩いて行った夕張ファンタスティック映画祭

     
南は沖縄の国際映画祭

レッドカーペット!  
  

いずれも息子の主演映画見たさに
九州は「A列車で行こう」に乗りたくて

  我が友と再会!

  
一人旅を楽しむ!

この1ヶ月の安静は

坐骨神経の痛みを取るために

絶対安静が必要だった

8年かけて取り戻してきた神経が

救急隊は、私が半身麻痺を知らずに

歩けると思って

無理やり対岸まで歩かせた時

私もイタイのを我慢して迷惑をかけたくなくて

無理やり動かない片麻痺側を

全力で動かした時に傷めてしまう!

せっかくここまで神経を回復させて来て

元の木阿弥になる!

左脚を床につけただけで激痛が走る

トイレにも行けない

大小はオムツにする

2週間ほど経った時

痛みがほんの少しづつ引いてゆくのを感じ

非常用トイレを使いなんとかできるようになる

2、3日前から装具をつけて

歩いてみる

やはり左脚に体重をかけて

右足を出せない

杖を使ってもダメだ!

もちろん足を揃える歩き方から始める

それでも痛くて

その痛みは、左半身全部を硬直させる

リラックスできない!痛みで

毎日繰り返す中で

右足を出すタイミングは

身体の重心を前にかけ、

麻痺した左爪先に体重を掛けると

スムースに右足を出せることに気がつく

痛みの怖さが後傾になっていたのだ

重心を左爪先に移すと同時に右足を出すと

痛みがほとんどなく歩ける事を体得

台所に立ったり

私の居場所に座って

半日過ごすことができる

今日は絶望の谷間から

這い上がってきたような気分だ!

「待てば海路の日和あり」

無理せず少しづつ

8年前に半年に渡って繰り返しやってきたリハビリをもう一度

再現して行けばいい

自分の身体のことは自分が良く知っているから

終活ノートと葬儀

2007年に右脳内出血による第1種2級の障害者宣告を受けてから

終活に焦点を負わせて、行動してきたつもり

葬儀屋に終活ノートなるものをいただいて

待てよ!

ここに書かれてることは

法的にも問題ないように網羅された事項が並んでいる

大した相続財産ないような人間にとって

何が終活なのか?

よくわからなくなる!

やり残したことがいっぱいある人にとって

終活どころではないのでは

今日を精一杯1つ1つを大切に生きれば

それが終活であり

そのノートにあるような項目なんて

日々変化するのが当たり前だし

ガン宣告され余命が告知されれば

闘病生活に専念するのが本分であり

その中での終活なら

ノートのような項目はスラーと出てくるであろう!?
毎日後悔しないように行動する人間にとって

終活なんて書けるわけないんだよ!

葬儀屋さん!

大体葬儀屋さんが渡すのは、本末転倒なんだよ

と思うようになってる自分の変化に驚いている

友人が葬儀のやり方を葬儀屋にお願いしている真意を聞くと

葬儀屋に任せると

とんでもない費用がかかるので

死んだ後までそんなに儲けさせるのは不本意だから

伝えておきたいことが終活なんだよと

聞いている?葬儀屋さん?

簡単に言えば葬儀屋を儲けさせないために

意思表示をして100万渡してこれでやってくれと宣言するもんだよと!

もちろん自分の遺影は自分で撮って

名刺にしてあり、そこには

「ありがとう!ありがとう!ありがとう!」

とシンプルに書かれてあるだけ

葬儀屋に言われる

このやり方だったら

「100万円なんてかかりませんよ!」

そう言われたそうだ

そう考えて行くと

終活はもちろんその人の個人の尊厳を全うするためのものであり

葬儀屋の月並みな葬儀で終わりにしたくない宣言なのかも

だったら精一杯生きた証を残すことが終活では

それは単純な日記で構わない

こうやってブログを書くことも

片麻痺と戦いながら、片手にカメラを握り

必死に歩いて、幸せの花を見つけに行く

私にとって牛久駅前のお蕎麦屋の84歳のおばあちゃんのような人に出会うこと
私の父は、母の悪口ばかり書いた日記を残して死んでいったが

誰も見ようともしないし

それが終活なんだよという捨てゼリフは見たくもないし、読みたくもない

そんな父のやり方に呆れたばかりでなく、

水商売の女に騙され、財産を根こそぎ持って行かれ

5年もかかった裁判に全面勝訴しても

なんとも無駄な時間を使ったものだと嘆いているのは

振り回された母と私と弟だった

それが生涯貫いた弁護士の死に様

それが終活だなんて思いたくもない

人間としての尊厳を自分で踏みにじった末路に幸せを見出すことは

最後までできなかった。

残ったのは借金と虚しさだけだ

そう言う父を反面教師として
今の私は、旅の終着点に向けて

幸せの花を見つけることこそ

終活なんだと思う

  
アンから始まった魂の旅
想像の余地のある人生

運命の相手に出会うということ

運命を受け入れるということ

幸せの花を見つけるということ

旅の終着点に向けて!

p 

 

里山鐵道とおばあちゃん

  上総牛久駅(かずさうしくえき)

  

お目当のトロッコ弁当が売り切れて

里山トロッコに乗る前に

お腹が空いたので駅を降りる

祭日だというに

シャッターが下りているお店が並ぶ

「そうなんです。すっかり寂れてしまいました。

昔は活気がある街でした」

商店街を嘆くおばあちゃん

古びた店構えのお蕎麦屋さんが

ポツリ!駅前でやっていた!

異次元の世界に迷い込んだのだろうか

  
 
  
   

カレー丼を注文する

「出発は何時ですか?」

「2時です」

出てきたカレー丼が懐かしい味!

「SBカレー使ってます」

昭和の味がたまらない

「おばあちゃん!ここは、何年やってるんですか?」

「60年ぐらいかしら」

私がお店を32年やってることを言うと

気さくになんでも喋ってくれる

二十四のときお嫁に来て

それからズーッと

腰が曲がったり足が弱っても

テキパキ接客している姿に

励まされる

   
 

カレー丼を食べながら

開店当初からある

装飾ガラスや曇りガラスに

若かりし頃のおばあちゃんの姿が浮かんでくる  

   

おばあちゃんのつけた漬物に心が震える

うまい!

 
三代続いていると言う時の流れを映してきた曇りガラスに

思い出が浮かぶ
腰が曲がっても

息子と共に暖簾を守るおばちゃんに

「私はまだヒヨコ!頑張らなくちゃ!」

「お元気で!」

しっかり握った手の温もりが忘れられない。