二度の訴訟で勝ち取った

営業権

クレープアンは私の命

2007年9月右脳内出血による左半身麻痺の第1種二級の障害者宣告を受ける

戻るべきお店は、地上げ屋と訴訟中だった

弁護士をつけず

自分で訴訟書類を作りながら法廷に出る

相手弁護士と公判で闘う

5回の法廷に出た所で倒れる

その後の戦いは車椅子で臨む

苦しかった

くじけそうになった時

お客様の声援が心の支え

私を探し出して北原のリハビリへ駆けつけてくれる方
  山の上の病院まで毎週水曜日駆けつけてくれる方

そして最も印象に残っていたのは

裁判官の横に座っている書記官の方

訴訟書類の書き方を始めとする

見えない応援団だった

判決書類は、難しい案件でなければ書記官が書いている

私が車椅子で病院から公判に駆けつけると

書記官も裁判官もビックリ!

でもできるだけ訴訟を早期に解決しようと

急いで下さる

待合室で最後の公判を終えた時

書記官が声を掛けてくれる

「矢代さん!和解を急がず、判決を待っていて下さい」

ありえない速さで判決が出る

立ち退きを否定

家賃もこちらの言い分が通る

将来息子と一緒にお店を再開させるようにとの

心のこもった優しい判決に涙がとめどもなく出る

全面勝利である

車椅子でも闘った私の法廷は

最後まで現役弁護士を通した

親父への恩返しになってくれるだろう!

当時中学生だった瑛久は

その魂を感じていてくれる

卒業後もここを選んだことでもわかる

親父の闘う精神は、その後のドラマGTOでも

デーボス軍と戦うキョウリュグリーンでも

反町さん率いるあすなろ応援団との戦いでも

初主演舞台「純平考え直せ」での鉄砲玉となって相手ボスを倒す純平でも

そして主演映画「きっといつの日か」での父親と自分との戦いでも

来年の主演 伊達政宗を演ずる舞台「戦国バサラ」でも

戦う魂は、受け継がれてゆく

いままでも

これからも

あっという間に駆け抜けた「二十歳までの道程」

次はどんな戦いを?

きっと自分と戦ってるに違いない!

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